「出雲研究会」とは?

名前のとおり、出雲のことについて研究しようというイベントです。
研究会といってもガッチリとテーマを決めてガチで話し合うといったものではなく、老若男女、歴史に詳しい人もそうでない人も、みんなで話し合いながらざっくばらんに出雲のことについて勉強しようという会でした。
(真剣に研究している方にはお叱りを受けてしまうネーミングですね、すみません…。「出雲勉強会」よりも「出雲研究会」の方がなんかカッコいいっていうただそれだけの理由です。あ、さらに叱られそう、ホントごめんなさいごめんなさいごめんなさい。)

このイベントの趣旨

このイベントを企画した理由は主に2つありました。
ゲストハウスは、世界中あちこちからゲストが泊まりにくる場所なので、ホストとして迎える側が出雲について詳しくなっておきたいというのがひとつ。
もうひとつは、日本という国について考えるときに避けて通れないのが出雲だと思ったからです。

・「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」
21世紀に入りまだ間もない今日。前世紀までに積み重ねられた様々な問題が、世界中でいろんな形の歪みとして表に出てきています。戦争は今だに続いているし、貧富の格差、移民問題、環境問題、食の問題、政治の問題・・・山積みです。もちろん、私たちが暮らしているこの日本も例外ではありません。
いとあんではそうした社会問題について考えるイベントを少しずつ増やしています。(例えば種子法にまつわる問題について話し合うイベントや、政治家の人と話し合うイベントなど)←リンク貼ってください。
そうした動きの中に、この「出雲研究会」もありました。実は。

いかなる種類の問題でも、解決するためにはまず問題についての正しい知識を持つことが必要不可欠です。かの孫子の名言、「彼を知り己を知れば百戦危うからず」です。

現代社会が抱える様々な問題についても、まずはこの社会について知らなければ何もできません。社会について、日本のことについて勉強するとなると、まずはその成り立ち、歴史を勉強しなくてはなりません。

そして歴史を勉強していくと、日本最古の歴史書である『古事記』と『日本書紀』の存在にぶつかります。この2冊のいずれについても、出雲という土地が極めて重要な位置を占めていることがわかります。『古事記』にいたっては、その3分の1くらいが出雲にまつわる出来事で占められているのです。
それほど古代の人々にとって重要な土地であった出雲を勉強することで日本の姿がより明瞭に理解できるのではないかという意図がありました。

・・・と、こうした壮大な構想のもとにこの「出雲研究会」は企画された、といま構成することもできます。

歴史を勉強するということ

突然何を言いだしたかというと、歴史というのは必ず後になって振り返った時に作られるものです。「歴史は常に勝者がつくる」という言葉があるように、歴史は、作る側の都合がいいように構成することがいとも簡単なのです。まさにいまこの文章で示したように。
 「あまりに綺麗で整ったストーリーは疑ってかかるべし」というのは歴史を勉強する上で欠かせない大事な姿勢だと思います。
『古事記』も『日本書紀』も天武天皇が国家事業として編纂した歴史書なので、当然、天武天皇という当時の権力者側の視点から書かれています。物語として、歴史書として、内容そのものの面白さはもちろんあるのですが、「誰が」「なんのために」作ったのかという視点も意識しながら読むとまた別の姿が見えてくるのではないか、と思います。

もちろん、「世界のさまざまな問題を知るためにまず身近なところから知りたい」という意図があったのは嘘ではありません。ゲストハウスのホスト側として出雲に詳しくなりたかったというのも嘘ではありません。でも、あくまでもここに書いたことは全てあとで、書いている今構成したものなのです。

実際のところは、「なんかイベントしたいし、ゲストハウスだし、歴史好きだし、じゃあ「出雲研究会」でもやってみるか」と、あいまいに決めた程度でした。もちろん適当にやったわけではありません。でもそんなに最初から綺麗にストーリーがあったわけでもありません。とりあえず始めてみて、やっていく中でこのイベントの意義について再認識できたというのが本当のところです。

昨今、偏った歴史観によって作られたトンデモ歴史本が本屋の棚を賑わせ、後を絶ちません。信じられないくらい刺々しいタイトルのヘイト本もキャッチーで売れるからという理由だけで目立つ所に陳列されたりもしています。
 そうしたまともな一次資料にも当たらずに書かれた俗流歴史本がさも史実であるかのように広まってしまう流れに、数々の歴史学者たちから警鐘が鳴らされています。
 本当に正しく歴史を知るということはとても難しいことです。何が嘘で何が本当かを自分の目で見極めなければなりません。
そして表面的な動きから、それらの動きの裏にある構造を見抜かなければ本当の姿というのも見えてきません。

歴史を勉強するということは、とても難しいことなのです。その難しいことをたった3回のイベントで十分にできるわけがありません。もちろん、テーマを絞れば出来たかも知れませんが、先述した通り様々な人が来られるイベントで、専門的になりすぎることをむしろ意図的に避けていたので、そういう風にはしませんでした。(もちろん、主催者側の勉強不足が一番の要因なのですが…。)

しかし、歴史を勉強することは楽しいことでもあります。正しく歴史をしろうとすることはとてもエキサイティングなことですし、現代に生きる我々にとっても大きなヒントを与えてくれることなのです。

たった3回のイベントでできることとしては、まず入り口として身近な出雲を題材にして、「歴史を勉強することは楽しいことだ」と感じてもらえるような場を作ることだと思い、「出雲研究会」を企画しました。

(あ、ここに述べてきたことも書いているいま構成したものです。疑って読んでください。)

それでも、参加していただいた方から直接「楽しかった」と言っていただけたり、「またやってほしい」という声もいただけたので、この「歴史を勉強することは楽しい」というメッセージは少なからず共有することができたのではないかと思います。

実際のイベントの内容ですが、特にしっかりとテーマを決めて話したわけではなく、あっちからこっちへいろんな方向へ話が飛んだりしたので、ここで文章にすることは困難ですし、あまり意味があるとも思えないので、イベントを開くにあたって読んだ本を挙げて終わりにしたいと思います。

1.『古事記』角川書店編 2003年 角川ソフィア文庫
2.『古事記』三浦佑之 2014年 NHK出版
3.『出雲という思想』原武史 2001年 講談社学術文庫
4.『出雲と大和』村井康彦 2013年 岩波新書
5.『米・百姓・天皇』網野善彦・石井進 2011年 ちくま学芸文庫
6.『日本文化の形成』宮本常一 2005年 講談社学術文庫
7.『日本人はどこから来たのか?』海部陽介 2016年 文藝春秋